2010年10月5日火曜日

セミ

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この夏唯一の(?)職場でのホット(?)ニュース。
それは夏のはじめ頃。
夕暮れ時に出かけて行き、セミの幼虫を1,000匹くらい集めたという、外国人の方のお話。
その方によると、素揚げした直後がかなり美味しいらしい。
そう、それは「ー 食 ・ 用 ー」。
土から出て、たったの7日間を精一杯生き、死んでゆくセミたち。
それがまだ羽を広げる前に、穴から出して、、、塩水にIN!

、、、。

冷凍していたのを今度持ってきてくださるそうですが、、、
食べれるかなあ、、、。
うーん。
うううーーーむむむ。

2010年10月3日日曜日

虚構の劇団「エゴ・サーチ」 

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先日、鴻上尚史の「エゴ・サーチ」という舞台を観てきた。

高校時代、私は演劇部に所属しており、高校には行かずに演劇にかなりハマっていた。
しかし振り返ってよく考えてみると、当時私がハマっていたのは、演劇というよりもそこにいる人間達に対してだったのかもしれない。
何でも話せる仲間達、優しい先輩達、地元の劇団にいた情熱的で不良な大人達。
私はそこで生まれて初めて、自分が人との関わりの中で生かされているという事を確認できた。

今、演劇の世界から抜け出して、もう15年が経とうとしている。
そんな中、突然観る事になったこの「エゴ・サーチ」という演劇。
演出の鴻上尚史さんは、当時田舎の高校生だった私達の憧れの存在だった。
そして会場にはまさにその鴻上尚史さんがいて、なんと観劇中もかなり近くの席に座っていた。
演劇はとても面白かった。
しかし私は、何よりも鴻上尚史さんのその真剣な眼差しの方に感動していた。
なぜならば彼もまた、当時高校生だった私の周りにいた演劇人達と同じ表情をしているように思えたからだ。
あの真剣で情熱的な眼差しは、演劇人ならではのものだ。
久し振りに観劇できて、本当に良かった。
あの表情をもう一度見れて、本当に良かった。
あの表情を見た瞬間、私はあの頃のように、人との関わりの中で自分が生かされている事を確認できた気がした。

2010年9月27日月曜日

Kindle

Kindle, originally uploaded by mizutaman55.
机の上に無造作に置かれたこの機械を見た時、それが何なのか、私は全く気に留めなかった事を憶えている。
それは、この機械がiPhoneやiPadのような華やかさとは対照的な、地味でとことん静かな風情を醸し出していたからだ。
というわけで、これが今はまだアメリカのAmazonでしか売られていないという、噂の電子書籍リーダーKindleだということを、私は購入した本人に言われるまで全く気付かなかったのだ。

静と動でいうならば静。
派手か地味かというならば地味。
それは機械や道具というより、物という印象だった。

このKindleで、私は夏目漱石の「坊ちゃん」を読ませてもらった。
ページの下には、普通の本と同様に頁数が表示される。
それと同時に、全体の中でどれだけの割合を読んだのかも正確なパーセンテージで表示されるので、
あの本、どれくらい読んだ?
83%読んだよ。
なんて、物凄く正確な会話をしたりもできる。
因に、写真の画面に表示されているこの絵(この時はたまたまこんなカリグラフィーだった)は、Kindleを放置してしばらくすると出てくるスクリーンセーバー。
放置する毎に毎回違った絵が出てくるので、これを見るのも密かに楽しい。

今回Kindleを使わせてもらってから、私はiPhoneやiPadのあのキラキラした華やかなもので、本を読みたいとは思わなくなった。
私はパソコンやiPhoneの液晶画面を見ていると、自分の意思以外の何かに追われるような、情報を求め続けなければいけないような焦燥感にかられる時がある。
iPhoneに書籍をダウンロードした事はあるが、やはり前述の焦燥感がつきまとい、それは読み心地が悪かった。

読書をする時は、できれば自分のペースで、静かに読み進めていきたいと私は思う。
そんな私にとって、人に本を読んでもらう事だけを目的とするが故に、自分が機械であるという存在感すら消したようなこのKindleという道具は、とても愛しく思えた。
あ、結局また擬人化してしまった。^^;